僕にとっては、2月14日は父親の命日です。
早いもので、あれから五年が過ぎました。
膵臓ガンで逝ってしまった父。 検査して発見してからわずか二ヶ月でした。
いやもうホント、あっという間の出来事で、何がなにやら。
やっと冷静に当時の事を振り返ることが少し出来るようにはなりましたが、
やはり悲しくて涙が溢れそうになるので、あまり思い出したくありません。
と言いつつ、思い出してしまうのですがね。
高校を出て、親元を離れて東京の師匠のもとに内弟子に入った僕は、
青春時代を父親から離れてすごしました。(タカトキ18歳〜28歳)
その十年の間の師匠のもとでの修行は、僕という人間を変えてしまいました。
完全に。
そのときの十年がなければ、今の僕は有り得ません。
正直、18歳より前の時期の事もあんまり鮮明に覚えてません。
忘れてしまいたかったのか、忘れてしまったのか。
とにかく、東京での十年が強烈過ぎました。 すべてをふっ飛ばしました。
僕にとって、自分の師匠は、芸道上の父です。
そりゃあ、カッコよくって、怖くって、天才で、大嫌いで、大好きで…
僕の父は日本舞踊と全く関係ない自営業でした。 昔は喫茶店をやっていました。
きちんとした人で、温厚で、堅実で、思慮深いタイプの人だったと思います。
師匠とは、かなり違ったタイプです。
東京で師匠の元にいってからは、父の事が嫌いになりました。
常に師匠と比べてしまうのです。 父がとっても地味に見えました。
「あ〜、もう、俺この人の息子じゃなくて、師匠が親だったらいいのに。」
なんて青春時代はよく思ったものです。
僕が、名古屋に帰ってきてからも、どこかそういう思いは残っていました。
仕事の悩みなんて父に相談した事はありません。
相談したって舞台と関係ない父に分かるもんか、と思ってましたから。
舞台を見に来てもらっても、感想を聞いたことも殆ど無かったと思います。
さあ、そして、父の病気が分かりました。
僕の兄は、医者です。 病室で父に色々アドバイスする姿を尻目に、何もする事ができない
自分に無力感を味わいながら、なんて事ない話をして父の姿をただ見るだけでした。
兄には「もう、何も言う事はないよ。」
僕には「お前はいい加減だからちゃんとしなさい。 兄弟で仲良くしなさい。
お母さんを大切にしなさい。 あんまり酒飲むな。 毎日、歯磨けよ。」
なんて、死ぬ数時間前まで説教されました。
そして、父は死んでしまいました。
その瞬間、堰を切ったように、ザーッと過去から今までの思い出が溢れてきました。
その時まで、忘れていたのに。 記憶にないと思っていたのに。
その思い出を噛み締めてきた五年でした。
父の死後、母にたずねました。
「ねえ、お父さん一番最後に見てくれた俺の舞台、なんか言ってた?」
「何言ってんの。良かった、って言ってたじゃない。」
聞いてなかった。 聞こえてなかった。
もう一度キチンと聞いてみたいけど、もう聞けない。
今改めて思う。
お父さん。 あなたは素晴らしい人でした。人として父として、男として尊敬します。
お父さんみたいな人になりたいと心から思います。
唯一つの本当の心残りは、僕の娘を、あなたの孫を、会わせてあげたかった。
色々思い出すと、本当に悲しい。 これを書いていても涙が溢れる。
もう、お父さんはいない。
でも、最近、娘が僕のことを
「お父さん!」って言えるようになった。 もうすぐ二歳だ。
何だかわかんないけど、心が少し楽になった。
父は57歳で亡くなった。
僕は今、36歳。
おいおい、同じ年まで生きられるとしたら、あと21年しかねえじゃねえか!!